redbrown moonlit night, originally uploaded by Giyu (Velvia).
28日20時前後、久しぶりの皆既月食でした。
次に不気味で不思議な赤褐色の月が支配するのは、2010年12月21日。
そして、PCレンズを使用したサイエンスフィクションのような不思議な世界も表現してみました。
28日20時前後、久しぶりの皆既月食でした。
次に不気味で不思議な赤褐色の月が支配するのは、2010年12月21日。
そして、PCレンズを使用したサイエンスフィクションのような不思議な世界も表現してみました。
敬愛する光学機器メーカーの中でも日本を代表するひとつ、ニコンが創立90周年だそうです。
精密機械といえば時計・カメラと呼ばれていた時代、ドイツやスイスの名だたる名門の中で、ニコンが世界に向けて「精密機械技術は日本」という最初のアピールとインパクトを与え、以後は日本メーカーも世界の市場で台頭してきました。
1917年に日本光學工業が誕生し、数々の歴史的カメラとレンズを産み出してきたニコンですが、世界中で今のように「カメラと言えばニコン」と言われるのは第二次大戦後です。
1950年、米LIFE誌のHank Walker氏がとニッコールレンズを持って朝鮮戦争に取材にいき、その後 New York Times 誌でその性能の高さをレポートしたことからニッコールとニコンの高い技術力が評価され、高性能レンズの代名詞的な存在となりました。
その後、1970年代にポール=サイモンが楽曲「僕のコダクローム」の中で、『~ナイコンのカメラを手に入れたんだ』と歌詞に入れるなど、ニコンは高性能カメラとして一躍広まったそうです。
1980年には今の電子時代を支えるCPUなどのマイクロプロセッサを製造するための中心的な装置、LSI製造用ステッパーの日本初となる NSR-1010G を発表、さらに同年には Nikon F3 を発表し、米航空宇宙局 NASA に宇宙で使用できる F3 を納入、以後 NASA のカメラはすべてニコンが提供しています。
そして1999年には、他社が数百万円という高価なデジタル一眼レフカメラを販売していた中、より高性能で100万円を切る Nikon D1 を発表し、フィルムからいよいよデジタルカメラ時代への幕開けとなります。
2007年に全世界でニッコールレンズ4000万本を達成、90周年のメモリアル的なエポックメイキングカメラ、Nikon D3 と Nikon D300 を発表したのです。
土曜未明は下蒲刈に夜釣りに行きました。といっても、釣りはほとんど経験がないので道具から使い方までまかせっきり。
17時から朝9時までという、めっちゃ長時間丸々出てましたが、収穫は5人いって1人が1尾...。
糸を垂らしても反応すらないので、あまりにも暇...。
やはり釣りは自分に合ってないのかも...。
ようやく、というかついにニコンも35mmフィルム相当のいわゆるフルサイズイメージセンサーを持つデジタル一眼レフカメラ、D3を出しました。あわせて、イメージセンサーとバッテリー以外が絶賛されたために、なんとなく微妙な位置だった、私の愛機でもあるD200の後継モデル、D300も出ました。
この直前、ライバルとなるキヤノンのEOS 1Ds Mark3、EOS 40D なども発表され、どこまでニコンががんばれるか、などと業界では話題になってましたが、良い意味でニコンらしい堅実な進歩が見られたD3やD300は、十分にデジタル面に強い巨人、キヤノンに対抗したものを出せたのではないかと思います。
今日は積乱雲が発達してそうだったので夕方からサンダーヘッド(雷雲)を撮りに、いつものように絵下山へ。
四人ほどカップルもいたりと、いつものような雰囲気で、山頂の"あずまや"で撮影開始。
いつも雷雲は絵下山の正面にあたる付近で発達して停滞するので、撮影にはうってつけなのです。
盆休みは色々とあったけども、初日はいわたにのいる島根県温泉津(ゆのつ)町で行われた夏祭りへ出かけてみた。
基本的には神楽の公演と花火がメインで、場所も港なのでコンクリートの広々とした所で大雑把に行われる。神楽が無駄に長くやってて、花火の打ち上げはなんと20時50分から。そのため、完全に日が暮れて、微妙な空や風景との美しいコントラストは無いので、花火鑑賞としてはやや劣る。
それでも間近で打ち上げられる花火は大迫力で、視界いっぱいに大輪が咲く。
君田でのひとこま。
空には透き通るようなブルーに、純白の巨大な積乱雲(入道雲)があちらこちらに。
山の深い緑と稲の鮮やかな緑にこの空の組み合わせは最高に気持ちいい。